PTAによる安全・防犯パトロールの意義から派生して・・・
保護者1〜2年めのころ、
(つまり、娘が幼稚園のころ)
保護者の係や仕事のなかに、
「それって必要?」
と思うものがあると感じていた()。

たとえば、幼稚園正門での朝の旗持ち。

 これはPTA主催だったのか、
 いまとなっては記憶が曖昧なのだけれど、
 ボランティアではなかったし、
 園がさせるとも思えないので、
 やっぱりPTAだったんだろうな・・・

1年に2回あるかどうかの当番だから、
いま思えばそれほど負担はないのだが、
何しろ子どもがまだ小さいし、
登園が難しい日などもあって、
私は気が重かった。

それでも子どもがひとりだからまだいい。
下にお子さんがいる方は、
とても大変だったと思う。

心配性の私は、
確か姉に来てもらって
(前日から泊まってもらって)、
私だけ先に出て
(当然のことながら、旗持ち当番は、
みんなより早く行かなくちゃいけない)
姉に娘を登園させてもらった記憶がある。
そんなふうに姉の力をいっぱい借りて、
子育てをしてきた。

なお、当時は、PTAの係の説明会のために、
子どもを自転車で20分かかる
託児施設にあずけにいくらい不器用だったことは、
PTA活動と、人とのつながり (1)で書いた。

こうやってふりかえってみると、
けっこう私はPTAから、
育てられているかもしれない・・・(苦笑)

それはそうとして、朝の旗持ち。

なぜ、登園の安全は「自己責任」ではだめなのだろう?

当初は、そう思っていた。

だって、幼稚園の場合、
親が連れてくるんですよ?
子どもがひとりで来るわけじゃないのに・・・

また、雨の日はしなくてもいいといったような
そんな規則もあった記憶がある。
安全面では雨の日のほうが大事だろうに、
不思議な話だよねぇ(笑)・・・と、
ママ友と話した覚えがある。

何のために、誰のためにやるのか。
それはやらなくてはならないのか。
私にはわからなかった。

わからないことは、
あまりやりたくないものだ。

しかし。

その気持ちが少し変わるできごとがあった。

自分が役員になってからのこと。
その幼稚園の「旗持ち」は、昔はやっていなくて、
あることをきっかけにして始まったということを、
役員仲間が調べてきてくれたのだ。

そのきっかけとは、附属池田小学校事件。

あの事件を受けて、
子どもたちの安全のために、
何か保護者でできることはないか・・・
ということで、始まったのだそう。

当時、娘はまだ生まれていなかったが、
事件報道のニュースの様子などは
よく覚えている。

子を持つ親ではなくても、
あの事件には震撼したと思うが、
同じ年代の子どもをもつ保護者の衝撃は
大きかったことだろう。

もちろん、旗持ち当番は1人だし、朝だし、
実際に事件が起こったときに
何かできるのか、何ができるのか、
という問題はあるだろう。

しかし、現実的に自分たちができることとして、
当時の保護者は、その方法を選んだのだろうと思う。



さて、実際に自分が朝の旗持ちや、
小学校にあがってからの
夕方の防犯パトロールを経験するようになって、
やる前にはあまり考えていなかったことを、
感じるようになった。

自分が安全・防犯に役立っているというよりも、
自分が新しく知ることが多いなぁ、ということ。

「朝、こんなふうに登園してくる親子がいるんだぁ・・・」とか、
「夕方、こんなに暗くなってから帰ってくる
こんな小さい子がいるんだぁ・・・」とか。

ふだんの生活ではわからない、
他の子どもや、他の保護者の様子が見えてくる。

また、旗持ちではたくさんの親子と挨拶をするし、
パトロールでは顔見知りではない子どもたちと
会話をすることになる。

旗持ちやパトロールは、「全員」がやるので、
つまりは上記のように、
他の子どもや保護者との接触の機会を、
全員が与えられることになる。

安全・防犯にどのくらい役立っているのか?
という本来の意義も皆無ではなかろうが、
もしかするとこっちのほう(やる側)の意味が
大きいのかもしれないなぁ・・・
と思うわけなのであった。

まあ、そこで何かを見ようとするか、
感じ取ろうとするかは、
人それぞれだと思うけれど。
少なくとも視野を広げる機会ではある。



これは一例であり、PTAの活動には
いろいろと経緯や歴史があると思う。

それこそ、ものすごく大きな話でいえば、
戦後の給食の普及など、
PTAの存在の意義の歴史は長い。
http://pta55.blog57.fc2.com/blog-entry-19.html

また、ここまで大きな話ではなくても、
それぞれのイベントや会合に
最初は何かきっかけや意味があったのだと思う。

私が役員をしたときにも、
とある会合に参加する立場の幅を増やすという
新たな試みをすることになったのだけれど、
それは自分たちの経験をふまえて、
よかれと思ってやったこと。

次年度以降の人が、
それをどうとらえているかは、わからない。

ただ、往々にして、きっかけを知らない人や
未経験の人にとっては、
引継ぎ事項=負担になる可能性が大。

私はその点めぐまれていて、
幼稚園でとあるリーダーになったときも、
小学校で委員長になったときも、
その少し前までやっていた大仕事を
前任者や、前々任者や関係者が、
「これは必要ない」とカットしてくれていた。

こういう柔軟性があるPTA環境で
仕事ができていることは、
(不幸中の!?)幸いではある。

歴史やきっかけがわかれば、
あるいはその作業の効果のほどがわかれば、
なくすことだってできるんだと思う。

そういうことを考えていくと、
ここに話は落ち着く↓
PTA活動は合理化できるか!? (1)
PTA活動は合理化できるか!? (2)

PTAのサークル化といった規模には到底届かないが、
私の知る限り、“上層部”はいつも考えているし、
合理化を実行している。

ただえさえ大変ななか、
そういうふうに、
PTA活動をより負担のないものに、
よりよいものにしようと
努力している人がいると知っているから、
その“上層部”にこれ以上の
(心理的)苦労をかけることはできない、
という気持ちがあり、
私は退会という行動をとれないのかもしれない。

そう思えるようになったのも、
これまでのPTA経験があればこそ。
PTA活動をするにつれて、見えてくるものと、
見えなくなっていくものがあると思う

川端裕人さんは確か、
「保護者の意識の分離はアリ」
ということを言っておられたと思うが、
私はそのへん、ふっきれない。
http://www3.atwiki.jp/cloud9science/pages/139.html
>「PTA進化論?」

人は、「外部に」身をおいたときに、
いろんなことが、
ヒトゴトになっていくものだと思うから・・・

まあ、PTA全員加入でも、
たとえ年度初めの保護者会でもめても、
活動が始まってしまうと、
クレームを出す側になってしまう人は
いるものだろうが。

でも、PTAへの関わりも、
“なめらか”にこしたことは
ないのではなかろうか・・・と思うわけなのだ()。
そして、自分が“なめらか”のどの位置にいくかを、
その年度で選べるような状況がのぞましいと思う。

自分もそうだけれど、
ネットなどでPTA批判を読んでいると、
批判している相手はだれなんだろう?
とよく思う。

少なくともPTAの“現役員”でないことは確か。

「なんでこんなことやらなくちゃいけないの?」
という問いは、
「なんでこんなことやらせるの?」
という問いでもあるが、
「ではやらせているのはだれなのか・・・?」
と問うてみたとき、答えは見つからない。

やらせている「人」が見つからない。いない。

なのに、なぜか“やらされている”私たち。

結局そこが、いちばん難しくて、
いちばんむなしいような気がする。
 2013.04.15 Monday 13:49 PTAの話 permalink