ルターさんからブルーノさんまで、イメージで描いてみたらしい。
ずっと前に、Twitter経由で
『ドイツ古典哲学の本質』(ハイネ著/伊東勉訳)
という本を教えていただいたので、
さっそく購入したのだが、
読まないままに時間がたってしまった。

読んでいないのに、なぜかわが家では
「オールスターズの本」と呼ばれている。
パラパラっとめくったときに、
○○出てくるよ〜、○○も出てくるよ〜
という話をしたので、
そういうことになったのかもしれない。

で、娘がお絵描きのネタを探していたので
(『数学ガール』はもうさんざん描いたし)
「じゃあ、オールスターズの本はどう?」
と提案してみたところ、そうすることにしたもよう。

とりあえず8人↓



どういうイメージで描いたかは不明だが、
一応、本の説明を参考にしたらしい。

ちなみに「だれ?」と思う人はとばしたのだとか。

ライプニッツとアリストテレスは
お名前、略されちゃってますーー
 2014.03.15 Saturday 13:06 絵・イラスト permalink  
娘の画風の変化に戸惑いを隠せない母
絵かいたよ〜〜と娘↓


   


・・・え・・・

なんか・・・変化してる・・・

娘「一応、私がモデル」

・・・え?・・・

     えーーー!?

娘「っていうか、ガゼーラ」



こんな人だったんだ、・・・
・・・えっと、インパルスとだれだっけ?(



 
 2014.02.22 Saturday 12:18 絵・イラスト permalink  
算数のための算数になりきってしまわないように、そして道具になりきってしまわないように
先日、学校の保護者会があった。

最初にきいた校長先生の話には何かほっとするのものを感じたし、
クラスに分かれてからの担任の先生の話にも共感できた。

ただ1点をのぞいて。その1点とは、比例・反比例の話。

保護者会資料に私はこうメモしている。
「比例・反比例、中学で困る、確実に」

たぶん、こめかみがピクついていたことと思う。

この、「あとで困るから...」というのは、
算数に対していちばん使われるフレーズではなかろうか?

基本的にこのフレーズに対しては抵抗があるのだが、
比例・反比例に対して使われたときの違和感といったら、ない。

一度でいいから、保護者会で、
「○○って、わかると面白いし、けっこう奥が深いですよ。
 保護者のみなさんも、ときどき子どもといっしょに
 考えてみてください!」
くらいのコメントをきいてみたいものだ。

そもそも、「あとで困る」って、何に困るのだ?

断水の通知があったのに
水をため忘れて「断水時に困る」ならわかるけれど。(実話)
(非常時用のペットボトルの水で手を洗ってしまった・・・)



割合、単位量あたりの大きさ、比例は、
身のまわりにあふれている。
そして、けっこう社会的なものだと感じる。

「小学校の学習教材のネタの提供」としてではなく、
過去にこんなことがありました、こんなことを考えました、
というエピソードとして、いくつか書き出してみようと思う。

まずは、かわいい(?)例から。

あれは確か高校3年生のときだったと思う。
なんでそんな話になったかは覚えていないが
先生が「バス会社が発行している
11枚綴りの回数券は1割引ではない」
という話をしたことがあった。

ちなみに理系クラスで、担任は数学の先生。
その先生の話だったと思う。

11枚綴りの回数券を10枚の値段で売っていて、
1割引と称していることが前提なのだが、
授業が終わったあと、級友のひとりが
「あれ“1割引”じゃなくて、
 “1割おトクな”って売ってるよね?」
とコメントしているのをきいて、
とてもスッキリしたのだ。

そう、確かに「1割おトクな」と称して売っていた。
バス会社は間違っていないみたいですよ〜>先生
どうせだったら、授業中に教えてあげればよかったね。

30数年たっても覚えているのだから、
よほど面白かったらしい。

今度は比較的最近の、やはりかわいい話。

私は、明治リッチストロベリーチョコレートの
「いちご生換算77%使用」が理解・納得できずに
 問い合わせたことがある。


知らなくても何も困らないが、
知りたかったのだ。

以上は、算数でいえば、
歩合・百分率の話になるが、
単位量あたりの大きさというと、
第3のエコカー
ダイハツムーブのCMの「TNP」 を思い出す。

そして、いろんな意味での「割合」といえば、
この話題。↓

■asahi.com>
排出量取引、総量規制軸に原単位方式も併記 温暖化法案
http://www.asahi.com/eco/TKY201003110507.html

このニュースには、考えどころがたくさんある。

総量規制と原単位方式の違いを
ただ「算数的に単独に」考えるよりも、
環境省や外務省は「総量方式」を主張し、
経済産業省は「原単位方式」を求める、
その意味とあわせて考えていくと、
話が立体的になると思う。

そう、勉強は、立体的になったときに、
面白くなると私は思う。

つながったとき、と言い換えても
いいのかもしれない。

つなげられたときではなく、
つながったとき。

ちなみにいま小6の娘は、
社会で国会や内閣についても学んでいるので、
少しほぐせば、実際に学習の題材になると思う。

小学校6年生って、
そのくらいのことを考えるくらいには
オトナだと私は思っている。

すべての年代のなかで、
いちばんオトナだと思ったこともある。

そして、各自の個性、こだわり、好み、
得意分野、考え方が、
より表に出てくる年齢ではないかと思う。

だからもちろん、
たとえばこんな題材の授業を、
「習熟度別学習」でやっても、
何の意味もない。

いろいろな子どもがいるなかでやるからこそ
成立するし、面白くなる可能性があると思う。

さて、最後はかなりシビアな話。

以前、生活ブログで、
放射線が人体にあたえる確率的影響について
話題に出したことあがった。

あのときリンクした次のページの
いちばん下のグラフの意味について
考えることができたら、
もう、中学までの比例の学習は
終わったようなものだと考えても
いいのではなかろうか。
(リンク切れのため削除しました。2018.2.17)

そんなこんなで、百分率も歩合も、
比例も単位量あたりの大きさも、
身のまわりにあふれている。

また、そういうものとは直結しない、
算数の面白さもある。

10をつくるのは親切心か搾取かは、
数の世界で考えればいいし、
「にごじゅう」にびっくりできるのも
数の世界でのこと。
そして平行が好きであることに、
理由はいらない。

ときにはさざんがきゅーで踊り
九九の七の段にチクチクし、
1÷8に感動し、
分数のたし算を四字熟語で考えてみる

これもまた、子どものリアル、
人のリアルだと思う。

そんな「リアルな時間」を、
算数が生み出せたらいいな、と思う。

算数の授業が、
「未来の準備」や「過去のツケ」ではなく、
「リアルタイムの時間」になるといいな、
と思う。

 

〔2018年2月17日:記事の一部を削除・修正しました〕
 

 2013.12.10 Tuesday 13:21 算数・数学 permalink  
リンク&言及感謝>わさっき
takehikomさんが、
このブログの記事と関連した話題を
わさっきに書いてくださったので、
こちらでも紹介させていただきます。

「速さ」の周辺
http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20131207

「割合」の周辺
http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20131208

ひとまず今回は、ご紹介まで(^^)
 2013.12.09 Monday 14:06 算数・数学 permalink  
娘、問題をよく読むのだ/全滅のほうが安心する場合があること

娘(小6)が学校から持ち帰るテストで、
点数がいちばん低いのは算数。

そして…というか、したがって、
どこをどうまちがったのかを見るのが
ちょっと楽しみなのも算数。

小4のときには角度をはかる問題が全滅だったし、
小5のときには小さい順じゃありませんだったし。

どうもこの子は、
問題の背後には出題者がいるということを
ないがしろにしがちというか、
出題者をあまり気にしない傾向があるらしい。

で、先日は「比とその応用」で、
こんな答をもってかえってきた↓


(新学社)

ありゃまー

ちなみに、「ちゃんとした」まちがいもあった。↓


(同上)

そのほか、比で答える問題で人数を書いていたり。

あと、裏面では「比の値」を
比の数値の和と思っているらしい痕跡アリ。

で。

最初に示した[2]のような間違いは、
あたりまえのことながら、
全部間違いのほうがほっとする。

これ、小問2だけ正解だったら「?」がとびまくるし、
小問4だけ正解だったら、
最後で気づいたのに他を書き換えないことのほうが
問題の根ははるかに深いと思うわけであり。

そういえば、娘が低学年の頃、同学年の子をもつママ友が
算数のことで軽くショックを受けていたことがあった。
ある計算プリントが全然できていなかったらしく、
(ほぼ?)全滅だったもよう。

くりあがりのあるたし算か、
くりさがりのあるひき算か、
たぶんそのあたりのことだったと思う。

もしかしたら、
「さくらんぼプリント」
だったかもしれない。

  興味のある方は検索してくださいませ〜
  私はこの名称を、
  まだ自分がTwitterをしていないころ、
  ある方のTwitterで知り、
  そうか、あの方式には名前がついているのか〜
  と認識したしだいです。


答案は直接見ていないけれど、
とにかく、同じパターンの計算練習をやるような
そういうプリントだったのだろうと思うので、
「全部バツなら、そのうち全部マルに転じるかもよ〜」
と伝えた。

そうしたらママ友は、とても納得していたふうだった。

計算の仕組みがわかっていないか、
何を問われているかがわかっていないかの状態であれば、
全部バツになると思うし、
むしろ、バツとマルが混在しているほうが、
話はややこしくなりそう。

で、このことを、娘の答案を受け取るより前に
あることがきっかけで思い出していたのだ。

そのきっかけとは、Twitter経由で知った、
次の「相談」のこと↓

教えて!goo>1年生の長男。算数のテストが0点だったら?
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/5760495.html

私だったらこういう義父母に0点の答案は見せないなぁ、
と思ったけれど、内容から察するに、
おかあさんは仕事をしていて、
そのあいだ義父母に子どもの面倒をみてもらっているような、
そういう状況だと思うので、
答案を見せないというのは不可能かもしれない。

  こういう環境のなかで子育てをするというのは
  ストレフフルだろうなぁと思うけど、やっぱり、
  子どもの面倒をみてもらえるのはありがたいと思うので、
  うまいことやっていくしかないのでしょうね…
  あと、子どももいろんな価値観に囲まれて育って、
  結果オーライかしらん!?


ちなみに、
むかしある人からきいた話なのだけれど、
こういう場合、
「親も一緒にショックを受け(てあげ)る」
のも大事なことだ、
という考え方はあるらしい。

そうしないと、
本人がショックをひとりで背負うことになるから。

ただこの場合、
おじいちゃんがもう十分にショックを受けているようなので(^^;
これ以上、まわりがショックを受ける必要もなさそうですね。

  ところで、おとうさん(夫)…は?
  (私が読みおとしたか?)

それはそうとして。

子どもがどういうふうに
「質問の意味が理解できなかった」かをきいてみると、
もしかしたらすごく面白い話がきけるかもしれない。

受けるなら、0点ショックより
カルチャーショックのほうが楽しいかも!

カルチャーショックといえば、
何十年前か(!?)もう忘れてしまったけど、
とある教育関係の仕事をしているときに、
理科の問題を見る機会があり、
私はびっくりしたことがある。

ウキクサの増え方か何かの観察についての問題で、
ひなたとひかげでその違いを調べるものだったと記憶しているが、
「ウキクサの数はどうしますか」
というような設問があったのだ。

   ・・・どうしますかときかれましても・・・

答えは確か「同じにする」だったと思う。

答えをきくと、
「ああ、そういうことか」と思うのだけれど。

低学年だったと思うから、あんまり難しい言葉も使えなくて、
「どうしますか」に落ち着いたのだろうか。

たとえば算数でも数学でも、こういうことってよくあって、
それに関わっていくうちに見慣れてきて、感覚が麻痺して、
「え、どこがへん?」っていうことに
なっていくのかもしれないな...

“問う”って基本的に、難しい。

テストの問いは本物の問いではなく、
後半(結論)を隠した「解」なんだろうな。
「解けない問い」

そういえば昔、こんなことして遊んでた私たち>問題文の口調

あのころ娘は3年生かぁ…

それがあともう少しで中学生ですよ。
 

 2013.11.22 Friday 12:25 算数・数学 permalink  
娘が語る、数字のキャラクターと(人間関係ならぬ)数字関係
娘が言うには、数字にはキャラクターがあるらしい。

1と2と3は、精神年齢5〜6才。
(年齢がないから、精神年齢ということらしい)

4はその面倒をみているおねえさん。

5は4の友だちで、1、2、3の世話を手伝っている。
4は5のことが好き。

そして6は4のことが好き。

7は6の姉で、ギャル。

8と9は6と7の両親で、
8は6の恋の手ほどきをする役。

9はしっかりもののおかあさんで、
7を陰ながら想っている。

「0は?」ときくと、
「無」とのこと。
 2013.11.10 Sunday 17:28 算数・数学 permalink  
さよなら、メダ夫

去年の夏の初め、
娘が学校から連れてかえってきたメダカ2匹。

2匹のうち、メスのメダ子は、
去年の夏のうちに亡くなってしまった。

その後、巻貝団地が出現し、今年の夏に消滅し、
残るはメダ夫だけとなっていたのだけれど、
先日、水槽をのぞいたら姿が見当たらず、
あれ?と思ってさがしたら、底に沈んでいた。

毎日よく観察していたわけではないのだが、
ついこのあいだまで元気で、
特に弱っているという感じもなく、
急に逝ってしまった感じ。

マンションの植え込みに埋葬する。

ここには何体、埋葬してきただろう。

まずはカマキリ。娘、小1の秋。
金魚のみかんは小3の秋、クレレは小5の春。
メダ子が小5の夏で、
かいっぺは埋めずにそっとおいた。
そして、メダ夫。

そうしてほんとうに、だれもいなくなった。

水槽は、しばらく保管することになると思う。

以前、みかんとクレレを飼っていた大きなほうの水槽も、
まだ保管してあるのだけれど、
水生生物をふたたび飼う日がまたくるだろうか?

みんな、安らかに・・・

 2013.10.15 Tuesday 13:13 生きもの・自然 permalink  
ヒラマキミズマイマイたちのその後/そしてだれもいなくなった

去年の1学期の終わりに
娘が学校からメダカの夫婦を連れて帰り、
うちで飼うために新しく水草を購入したところ、
巻貝の卵がいっぱいついていたらしく、
なんだかんだでその貝たちも飼うことになった。

最初に登場したのは
モノアラガイと思われるソフトクリーム型をした貝で、
比較的大きく成長したので「かいっぺ」と名前をつけ、
最終的にはペットボトル豪邸で1匹優雅に暮らし、
今年の春に果てた。

2匹め以降は、ヒラマキミズマイマイと思われる
アンモナイト型の貝たちで、
こちらは小さくて大変だったのだが、
それぞれ名前をつけて、
プラコップ団地で暮らしてもらっていた。
表札もつけた。

かりに雌雄同体だとしても、単体なら繁殖しないと思って
1匹ずつ入れたはずなのに、
いつのまにか2匹住まいになっているコップがあったりして、
わけがわからないままに増殖し、
飼っているのかどうかもよくらなくなってきて、
何をしているのか自分でもよくわからず、
玄関の下駄箱の上にはプラスチッックコップが並んでいた。

用事があってうちに来たマンションの管理人さんに
「何か育ててるの?」ときかれたりして。

エサは、水草をちぎっていれたり、
メダカのえさをごくごくたまにぱらりんと入れてみたり。

一応、水も汚れるから、
ごくごくたまに水換えもしたのだけれど、
メダカやかいっぺのようにはいかないからこれが大変。

まずはコップの内側にくっついた貝を
できるだけそのままにして水を捨てて底砂を洗い、
コーヒーの粉が入っていた空き缶に、
フィルターを輪ゴムでとめて、
そこに水を流して濾して、
流してしまった貝を受け止めるという努力。

肉眼でわからない場合は手の感触で
ゴマ粒くらいの貝を救い出すようつとめたが、
流しちゃった貝もいくつかあると思う。

で、1〜2ヶ月前だったと思うが、水を替えたときに、
白い貝殻はいつか見つかったけれど
もう生きている貝はほとんどいないような感じだったから、
2つのコップだけを残して、
生きているかもしれない貝をそこに集め、
引き続きそのままの状態にしていた。

しかし、きょう、もうみんな命を終えたと判断して、
残していた2つのコップを片付けた。

その途中で大小9つの貝殻が見つかったので、並べて撮影。



大きいのが幅5mmくらい、小さいのが幅2mmくらい。

1こだけ、かいっぺと同じ型の貝殻があった。
どこからどうきたのか、もはやまったくわからない。

他の貝も、卵が水草についていたのか、
単体繁殖したのか、結局のところわからない。

いろんなことがわからないまま、
巻貝プラコップ団地は消滅した。

なお、メダ子は1年前に他界し、
メダ夫はいまも元気。

特にさびしさといったものもなく、
「あの風景はなんだったのだろう…」
という茫漠感だけが、なんとな〜く漂っている。

これはこれで、夏の終わりの心持ち。

 2013.08.21 Wednesday 15:13 生きもの・自然 permalink  
ICCキッズ・プログラム2013とオープンスペース
毎度、NTTインターネットコミュニケーションセンター[ICC]の
キッズ・プログラム2013に行ってきた。
オープンスペースも。
http://www.ntticc.or.jp/Exhibition/2013/ KidsProgram2013/index_j.html

実は、行く前にサイトでチェックして、
「キッズ・プログラムはたぶんイマイチだろう」
と話していた私たち。

娘はどういう意味でイマイチと思っていたのか
よくはわからないが(最近のICCはつまらないらしい)、
私からすると、「スマートフォンはないだろ」という感じ。

しかし、帰省からもどってきて
ほとんど家にこもっていたし、
ちょっと思うところもあって、
「ま、行ってみっか」ということで
行ってみたしだい。

今年のキッズ・プログラムは
「もの みる うごく AR美術館」というもの。
絵に端末をかざしたら、
端末のなかの絵が動き出す、
その仕組みを使った展覧会。
なお、端末は会場で貸してもらえる。

この機能自体は、少し前にテレビで見たことがある。
そのときには「おお」と思ったが、
1分ももたない「おお」だった。

端末をかざして、
「紙に描かれた絵」が動くならば、
もう少し「おお」も持続したかもしれないが、
端末の中で動くわけだから、
たとえ仕組みをしらなくても、
「まあ、そのくらいのことはできるんだろうね」
と思ってしまう私。

となると、この機能を使って、
何をするか、だ。

というところがまだ練られていなくて、
予想どおり、イマイチだった。

私好みと思われる、《まやかしの立方体》でさえ。

いや、ずっと見ていたら
何か得られるものもあったのかもしれないが、
すぐに飽きてしまうのだ。

以前もICCで思ったのだが、
こういう展示って、
15秒くらい以内に心をつかまれないと
(「これ面白い!」「何これ!?」のどっちでもいい)
「その作品にあるかもしれない面白さ」に
たどりつけないような気がする。

ちなみに、最初さっぱりわからなくて、
15秒どころか15分見てても意味がわからず、
なのになんかみょーに気になってその場をはなれられず、
そのうちやみつきになったのがコレ↓

《10×10》2011年 ジョン・ウッド&ポール・ハリソン
http://www.ntticc.or.jp/Archive/2012/ Openspace2012/Works/10_10_j.html

こういう作品もあるんだなぁと思うことであった。

ICCで展示されるものって、
アート&サイエンスの条件を満たすものなんだと思う。
だから、絵や彫刻などの平面・立体作品ではなくて、
そこになんらかのサイエンス的な要素が加わっている。

単純にいえば「電気」を使っていることが多いし、
コンピュータを利用することもあるのだろうし、
それ以外にも、科学的発想に基づいているとか、
科学的な何かに関連があるとか、
とにかくなんらかの形でサイエンスがからんでくる。

どうもこのアート&サイエンスが、
アート&テクノロジーと解釈されると、
今回のキッズ・プログラムのように
なるんじゃないか、と感じた。

本当は、アートとサイエンスは融合させるものではなくて、
突き詰めていけば、
「根は同じ」というところに行き着けるというか、
分離できなくなったものが、
面白いんじゃないかと個人的に思っている。
そのときに、ネイチャーが生じるというか。

ほんでもって、娘の場合、
なぜ最近のICCがイマイチなのかというと、
「参加型」がないからだと思う。

それは手を使った切り貼りの作業でも
パソコンでもよくて、
ビスケット・ラボにはかなりはまったし、
(>ICCキッズ・プログラム2010
《1/100の世界》も楽しんでいた。
(>ICCキッズ・プログラム2011

私の場合は、オーサグラフは
それが目的で行ったようなものだから
別格だとしても
(っていうか、ICCの展示が面白かったというより
 オーサグラフが面白いわけで
 >鳴川肇「オーサグラフ」/ICCで感じたこと
なんといってもめっけものだったのはハーモノグラフ。
http://www.ntticc.or.jp/Archive/2010/ Kidsprogram2010/Works/work04_j.html

結局のところ私たちってば、
けっこうなアナログ人間ということなのかもしれない。

というわけで、「う〜ん」と思いつつ
キッズ・プログラムの会場をあとにしたわけなのだけれど、
オープンスペースのほうでひとつ収穫があり、
やっぱり自分はアナログ人間だと再確認。

《時折織成 ver.2――落下する記録》2013年 和田永
http://www.ntticc.or.jp/Exhibition/2013/Openspace2013/ Works/Toki_Ori_Ori_Nasu_ver_2_j.html

これ好きだわ〜!

ちなみに展示されているのは、
上記リンク先のページの写真とは別のバージョンで、
縦に細長い箱にテープがくねくね落ちていくのが
4つ並んでいるものだった。
4つあるから、違いも観察できるし。

このくねくね、ずっと見てても飽きない。
重さで全体の形が変わることがあるのも楽しい。
いつ巻き取るのかな、巻き取るのかな、と待つもよし。
音が出るのも楽しい。
(他の展示の音とかぶってしまっていたのが残念だが、
 タイミングがあえばそれも一興)

あと、「かんべんしてくれ〜〜ひえ〜〜」
と言いつつテンションが上がった
《遠心力体験装置》2011年 ティル・ノヴァク
http://www.ntticc.or.jp/Exhibition/2013/ Openspace2013/Works/The_Experience_of_Fliehkraft_j.html
も、遊園地好きな人にはよろしいかと。(^^)
(もちろん自分が乗るわけじゃないんですが…)

ちなみに、行くことにした「思うところ」というのは、
ある本を読んでいて、
「いつまでも新しいものに
 ただひたすら拒絶反応を起こしていてはいかんな」
と思ったから。

でも…。

結局、「やっぱ私、アナログ人間でいいかな…」と、
それを確かめにいったような
夏の1日となった。

 2013.08.15 Thursday 20:54 お出かけ・イベント permalink  
斜視のその後
娘は、幼稚園入園前の健康診断で、
「外斜視」と診断された。

思い起こせば2才頃、
親戚に視線がはずれていることを
指摘されたことがあったような気もするが、
「ま、そんなことはないだろう」
と、心配性のわりにほうっておいた私。

実際、軽度なので、あまり気にはならない。

だけど診断されたときは、
やっぱりそれなりにショックだった。
いちばん身近にいたのに
気付かなかった自分にも若干ショック。

ほんでもって、年に1〜2回ほど、
大きな病院で検査を受けていたのだが、
特に進行の様子もなく、
他のことにも影響がないので、
数年前から経過観察となり、
大きな病院には行かなくてよくなった。

ちなみに斜視で問題となるのはおもに
「見た目」つまりは美容的問題であり、
娘の場合、機能的に特に困ることはなさそう。

ただし、立体視が苦手になって、
たとえば階段でつまずいてしまうとか、
そういうことが起こらないとも限らない、
という話はきいた気がする。

もちろん、毎年、学校の眼科検診で
必ずチェックが入るので、その紙をもって、
定期健診がわりに眼科に行く。

今年も行ったのだけれど、
なんとかという検査の結果がよかったらしく、
「何か(訓練を)しましたか・・・?」
ときかれて、きょとんとする親子。

特に覚えがない。

でもまあ、結果がよいことはよいことであり、
とりあえず素直に喜ぶことにした。

いまのところ特に困ったことはなく、
なんだか慣れてきて、
ふつーな感じになってきたきょうこのごろ。
進まないといいな。
 2013.06.15 Saturday 15:09 健康 permalink