しあわせ親子か
先日、娘とふたりでこのブログを読み返しながら、
自分たちでウケていた。
(ここでタイトルの突っ込みが入る)

私が何かのきっかけでブログを読み返していて、
そこに娘がやってきてのこと。

その前にちょっと落ち込むできことがあった娘いわく、
「いいね、こんなふうに、
 むかし書いた雑談で気持ちが晴れるのは」
とのこと。

だね。

これまで3つのブログと note とたまに twitter で
なんだかんだいろいろ書いてきたけれど
このブログは他のブログと雰囲気が違うと自分で思う。

書き方が違うわけなんだけど、つまりは自分が違う。

どうしてかはよくわからない。

それから、なんとなく感じているのは、
Web上で書いたもののうち、
反応をいただくことが多いのは、
こういう親子ものなんじゃないかということ。
いい反応となるとなおさら。

なので、娘に、
「いいなー、○○ちゃん、人気があって…」
と言うことがあるのだが、
「でも、ママが書くからだよねー」
とつけくわえるとムッとする娘。

負けず嫌いなところもそっくり。

ただ、このブログはいちばん更新が途絶えがちで
わが家でも「閑古鳥」が代名詞になっているくらいであり、
書くのがたいへん…とまではいかないけれど、
ネタさがしに苦労する。

ひとつには、自分のことじゃないので、
気を遣うという面がある。

あと、他のブログは
なんらかの本を読むために書くことが多いのに対し、
ここはほとんどそれをやっていないので、
身近なところからネタをさがしてこなくてはいけない。

これが意外と大変。

かくして「閑古鳥」となるのだった。

って、閑古鳥ってなんだっけ・・・

(検索中)

えっ、カッコウのことなの??
http://zokugo-dict.com/06ka/kankodori.htm

あのエグイ子育てする鳥?

このあいだもテレビで托卵のことやってたんだけど、
なんでそういうことになっちゃったんだろうねー。

神様、なんか意図があったんだろうか?

托される親も気づけよ…と、
先日のテレビを観ながら思った。

検索してみるといろいろと面白い記事に出会えるのだが、
今回はリンクは省略ということで。

あら、娘がなんか自分で書きたそうにしてるので、
バトンタッチします。


「ここで一句
 かっこうが 他に托卵 たくらんだ」



            ・・・・・・・汗


 
 2015.12.26 Saturday 22:35 その他 permalink  
人はだれでも
娘が、「また、だれかの絵を描きたい」という。

だれかというのは、数学の人とか、歴史上の人物とか。
ルターさんからブルーノさんまで、イメージで描いてみたらしい。

なので、数学者の岡潔を推薦したところ、できあがったのは・・・


 


私が「若い若い、若いよ〜!」と言うと、娘いわく


  人はだれでも若いときがあるんだよ。


・・・です。


偉人は「よく目にする写真」が、
その人になってしまうのだった。

 
 2015.12.13 Sunday 14:08 絵・イラスト permalink  
サザエさんとタイコさん、サザエさんとイクラちゃん
だいぶまえのことなんだけど、
ひょんなことから自分のブログを読み直していたら、

■サザエさん一家の名前をめぐるとりとめのない親子談義
http://kodomo.artet.net/?eid=1229036

に心がとまった。

結局、サザエさんといとこなのは、
ノリスケさんですよね?

ウィキペディア>サザエさんの登場人物

じゃあ、その妻のタイコさんは、
サザエさんとどういう続柄になるんだろう?

説明するだけなら
「いとこの配偶者」と言えばよさそうだが、
それって「義理のいとこ」になるのかな?
調べていたら、結婚式の席次表の話が・・・

■For  wedding >席次表の肩書き
http://www.for-wedding.jp/manual/seating04.html

ふむ。席次表になるとそこまで区別しないんだ。

で、タラちゃんとイクラちゃんの続柄は
「はとこ」あるいは「またいとこ」でいいのかな。

じゃあ、サザエさんとイクラちゃん、
タイコさんとタラちゃんは??

というわけで調べてみたら、こんなページを発見〜↓

非常にわかりやすい「親族の呼び方」をまとめた1枚の図表
http://feely.jp/6322/

・・・。

んんん???

「イトコチガイ」!? なんだそれはっ

しかも「イトコチガイ」が2箇所ある・・・

ウィキペディア>いとこ>いとこ違い

いや確かに「いとこ」じゃないけど・・・

だめだー。今回は(今回は?)限界だー。
 
 2015.10.04 Sunday 15:10 その他 permalink  
リアクションに詰まった最近の会話
〔その1〕

おふろから上がって、髪を乾かさないまま、
布団に寝そべろうとした娘との会話。

私「ねえねえ、髪が乾いてないんだったら、
  せめて枕にタオルを敷いて」
娘「いまそんな気分じゃない」
私「気分の問題じゃなくて枕にしみこむ水分の問題なの」
娘「枕に水分がしみこんだときのママの気分の問題でしょ?」
私「・・・・・」

ちなみにそのあと
私「じゃあ、そのままでいいよ、
  枕にカビが生えるだけだから」
と言ってはみたのだが、カビが生えたとしても、
そのことが娘に与える健康被害の可能性も、
結局、私の気分の問題なんだろうか?


〔その2〕

「所さんのニッポンの出番」という
TV番組を観ながらの会話。

私「興ざめなこと言ってあれなんだけどさ・・・
  こういう日本を持ち上げる番組が増えると、
  なんかやばいよね」
娘「それ、もう何度かきいた。
  ママの記憶力のほうがやばいよ」
私「・・・・・」
 2015.07.24 Friday 17:19 言葉・発想 permalink  
比喩のボキャブラリー
最近、起きたときの娘の「前髪」がすごい。

もとはといえば、私が娘の前髪を切ったときに
そぎすぎてしまったのがいけなかったのかもしれない。

寝る前の乾燥不足と寝相もあわさって、
バブル世代もびっくりなトサカが完成する。

そして毎回、雰囲気が違う。

「前髪すごいよ」ですませるのも芸がないので、
毎回言い方を変えているのだが、
娘の前髪はどこまでも私の比喩力を試そうとする。

先日は前髪に、季節はずれの台風が来ていた。
ちなみにうしろの髪はおだんごがくずれてリゾート地。

すごいじゃないか娘。
頭が地球のようだ。

そうこうするうち、ある日、前髪はついに
重要文化財のオウムになっていた。

オウムが重要文化財になりうるかどうかは知らないが、
とにかくなってた。(※)

だんだんネタが少なくなってくる。

いや、あらかじめ考えていたわけじゃないから、
ネタというのもへんだ。
そのときのインスピレーションだ。

   はっ

ということは、
娘の前髪は私の比喩力を試しているのではなく、
育ててくれているのではなかろうか!?

きょうはまた違う感じですごかった。
ハハはがんばった。

「あのね・・・天才卓球プレーヤーの
 手の動きを再現したビデオみたい」

とりあえず娘からは評価してもらえたが、
こうして書いてみると少し無理が感じられる。

そろそろ限界だろうか。

あしたがんばれるかどうかは、
娘の前髪のやる気しだいだ。

がんばれ前髪。

がんばれワタシ。

 ほかにがんばることがあるような気が
 しないでもないのは気のせいだろうか?

では、そんな娘の比喩力はどうでしょう、
次の例を見てみましょう。

昨年、PTAから配られたとある印刷物に、
イベントの様子を撮影した写真が掲載されていて、
そこに私も小さく写り込んでいたことがあった。

といってももちろん、
個人が特定されるレベルの写真ではなく、
自分がそのイベントに参加して、
その場所に座ったのを覚えていたから、
自分だとわかったしだい。

化粧が濃かったのか光線の関係なのか、
色黒の私の顔が妙に白い。

目鼻立ちはほとんどわからないが、
おでこをだして髪を横に流している。

その写真を見て娘いわく、

「ママ、美人の宇宙人みたい」

・・・・・・。

   会ったことないのでわからないんですが、
   美人の宇宙人って、美人なんですか?
   私は喜んでいいですか?

   いいんですか?



(※)生き物であれば「天然記念物」かもしれないが、
   天然記念物は、日本においては、
   文化財保護法や
   各地方自治体の文化財保護条例に基づいて
   指定されるらしい。
   (ウィキペディア情報>天然記念物

   じゃあ、文化財の一種と考えていいですか?

   いいんですか?
 2015.03.27 Friday 14:55 親子談義 permalink  
ある対談を聞いて思い出した、娘・乳児時代の予防接種のこと/感じることと言葉
noteでよくお話しさせていただいている桃生かのこさんが、
「安野Show」で対談をされたとのことで、 聴いてみた。
https://note.mu/canokomonou/n/ndae139ecb288

公開されているのは、藤江和久さんのnote内です↓
https://note.mu/fujie696969/n/nb06133d981a0

「47分」と聴くとかなり時間がかかるように思えるけど、
おふたりのやりとりが軽快(!?)で、
実際に聴いてみるとそんなに長い感じはしないので、
よろしかったら全部どうぞ…

と言いたいのだが、
時間をどう感じるかは人それぞれだとして
47分かかるのは事実なので、
もし時間がない方は、
前半だけでも聴いてみるといいかもしれない。

(私にとっていちばん印象的だったのは、
 開始22〜23分後の桃生さんのお話だった)

私は、対談を聴きながら
「感じる」ということに関連して、
あることを思い出していた。

それは、乳児だった頃の娘を
予防接種に連れていったときのこと。

何歳のときの何の予防接種だったのか
さっぱり覚えていないが、
幼稚園児ではなかったから、
乳児といっていい時期だったと思う。

予防接種を終えて、
おそらく泣いていたであろう娘を抱いて
「いまのは〜夢だったのかなぁ〜〜♪」
とか、適当な即興ソングを作って歌ってあやしていたら、
近くにいた看護師さんが、
その即興ソングを「うまいですね」と
いったんほめてくださったあと、
「でも、うそはつかないほうがいいかもしれませんね」
と、やさしく諭してくださったのだ。

「痛かったね、がんばったね」
と声をかけてあげたほうがいいですね、と。

なるほどねぇ〜〜としみじみ思った。

注射を受けたのは事実。
(おそらく)痛かったのも事実。
それをなかったことにしない。
泣かれ続けると困るからといって。

同じような話を
娘が小学校高学年のときにも
聞いた覚えがある。

確かスクールカウンセラーもされている
臨床心理士さんの講演だったと思う。

公園などで転んで足をけがした子どもに
「痛くない、痛くない」
と声をかけているおかあさんを見かけることがある、
という話。
「だれの足だよ…」
と。(確かに)

「おかあさんが大変になるからですよね…
 病院に連れていかなくちゃいけなくなったりすると…」と。

曖昧な記憶で再現しているので、
私が細部を捏造しちゃっているかもしれないが、
少なくとも、そんなふうに自分のなかにインプットされて
納得しているということは事実。

もちろん、かつての、そして今の自分を含む
母親を責めるためにこの話を書いているのではなく、
いま考えているのは、

 感じられなくなること
 いま自分はどう感じているのかわからなくなること
 いま自分はどう感じているかを認められなくなること

は、こわいことだな、ということ。

かえすがえすも、
母(保護者)という存在の責任の重さよ・・・
成育歴の自己解釈
https://note.mu/tamami_tata/n/nb2dc40e3497f


でも。


この文章を書きながら思った。


感じることの大切さは、
母親自身にも言えることなのだろう。
 2015.03.16 Monday 16:09 健康 permalink  
「ママって、文章へた?」
と、きのうの記事を投稿するとき言われた。

「だって、何度も書きなおしているから…」

完全に投稿してからではなく、
文章全体をだいたい書き上げたあと、
プレビューを見せて娘に読みきかせながら、
微調整をしていったのだけれど、
その作業を見てこのような感想をもったようだ。

「えーー、だって普通のことだよ〜〜」

と言うと、

「わたし、なおさないよ」

作文などで、誤字脱字があってもそのままだそう。

理由→「疲れるから」

なおしてください。(−_−;

手書きなので何かと大変だとは思いますが。



ところで、誤字脱字というけれど、
「きのうのの記事」のように
余計な文字が入っている場合、
つまり"脱字の反対”の場合は
なんというのだろう?と思って調べてみた。

「衍字(えんじ)」というのでしょうか?
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/26360/m0u/
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1076593540
http://www.tt.rim.or.jp/~rudyard/kabu002.html

確かに「行」のなかに余計なもの入ってるなー

  そういうことじゃない?(^_^;

あ!考えてみれば「敷衍」の「えん」だ〜

そっか〜〜
 2015.03.12 Thursday 19:23 親子談義 permalink  
学年末テストで自分で選択肢をつくるやつ
学年末テスト中のある日。

学校から帰ってきた娘いわく
「自分の思う答えがなかったから、
 選択肢つくっちゃったよ〜」

・・・・・。

あいかわらず出題者の存在を無視する人がここに約1名。

どうやらそういうことになった背景に、
私が一枚かんでいるらしい。

というのも、1、2学期のテストの結果と
ここ最近の様子を見て、
さすがにこれは少しフォローしておいたほうがいいだろうと、
一部の教科をいっしょに勉強したのだ。

その内容が出題されたのはよかったのだけれど・・・

空欄をうめる形式で問題が出されており、
答えが複数考えられるので、
先生は1つにしぼるために
語群をあたえたのだと思うのだ。

しかし娘は、私と勉強したことで、
別の言葉の印象が強く頭に残っていたらしく、
どうしてもそれを答えたくて、
語群になかったにもかかわらず、
その答えを書いたらしい。

もちろん、×。

さて、ここで過去をふりかえってみましょう。
 
角度全滅事件↓
http://kodomo.artet.net/?eid=1228772

小さい順じゃなかった事件↓
http://kodomo.artet.net/?eid=1228863

問題よく読め事件↓
http://kodomo.artet.net/?eid=1228969

何かが基本的に変わってない。

本人的には「小さい順じゃなかった事件」が
気に入っているらしい。

いや、だからそういうことじゃなくて…





すっかり更新が途絶えていたこのブログ、
わが家では「閑古鳥」と呼ばれていた。

「ねぇ、閑古鳥どうする〜?」と言えば、
「ねえ、"こどものちかく”どうする〜?」の意味。

で、さすがにそろそろ更新しようと思って、
最初は違う話題を書いてたのだが、
この一件を思い出し、話題を変えたしだい。

「やっぱり、こういう明るい話題がいいねぇ〜!」
と、つい口走ってしまったワタシ。
一応、「明るいか!?」とは突っ込んどいたけど、
この子にしてこの親あり。

娘に、「もしかして、ネタ提供してくれてるの?」
と聞いてみたところ、

娘「ううん、ピュアな心で」

だそうです。

さいですか。
 2015.03.11 Wednesday 18:22 学校生活 permalink  
なぜか私は感染しなかった年末のウィルス性胃腸炎
昨年12月26日(金)の昼間、
食欲がなかった娘。

夕食は普通に食べたが、
しばらくして体調がわるくなり、
お風呂に入らずに眠ることになる。

翌朝、明け方4時くらい、
がばっ!と起きだして、派手に吐く。

最初のひと吐きは間に合わなかったが、
数日前に虫の知らせ(あるいは年末の不安感)で
布団の近くに洗面器を置いていたおかげで、
そのあとの吐き戻しは受け止められた。

ここまで派手にもどすと、はっきりして、
むしろ逆に落ち着く感じ。

翌日は、かかりつけ小児科の年内最後の診察日。

いざとなれば休日診療もあるだろうが、
通常診察日にいけるならそれにこしたことはなく、
まにあってよかった。

ウィルス性胃腸炎だろうとのことで、
吐き気止めや胃痛の薬、整腸剤が処方される。
対症療法しかないということは、すでに了解していた。

このあと私もうつることが十分に考えられたので、
先生に「でも、自宅療養しかないですよね…」とうかがってみると
「そうね、程度によるけどね」というお話だった。

小児科の帰りに、また少しもどして、
(手作り専用袋で受け止めたのでセーフ)
29日の明け方にまた気持ちわるくなったようだが、
吐くものがなくて吐き気止めを飲んだらおさまって、
たいたいそのくらいで症状は落ち着いた。

日曜日には少し元気が出てきて、
様子を見ながら水分補給、
月曜日の夜から、おすまし仕立ての豆腐や
おかゆを少し食べても大丈夫になり、
火曜日にはひきつづきおかゆ、
水曜日には油っぽくない普通の食事にして、
ほぼ通常通りとなる。

熱は、病院に行く前が37.4度くらい、
土曜日の夕方38.2度がいちばん高く、
日曜日には平熱になった。

そして結局、下痢はなかった。

そういうこともあるんだろうか?

さて、私。

うつるだろうと覚悟していた。

が、結果的に、うつらなかった。

年が明けたくらいの時期に
すこ〜しお腹がゆるくなったのが
症状といえば症状だったかもしれないけれど、
あれは別件だったような気もしている。

もちろん、でき得る限りの対応はした。

娘が着ていたパジャマや直近に使ったタオルは、
塩素系漂白剤の薄め液に浸したあと、
迷った末、破棄。

洗面器ももちろん念入りに消毒。

布団に少しついてしまったぶんは、
塩素系漂白剤の薄め液をつけた
ペーパータオルでぬぐいとった。

布団など直接洗えないものは
スチームアイロンのスチームをあてるといい、
という話をネットで読んで、試してみたり。

手もしょっちゅう洗ったし、マスクも着用、
頻度は少なかったけど一応換気はしたし、
いろんなものを少しずつ洗っていったし。

あと、娘が食事療法で回復を待つあいだ、
自分も(気分的に)あまり食べなかった。
先行して整腸剤も少し飲んだ。

だけど、たぶんうつるだろうと思っていた。

というのも、4年前の経験があったから。

あれは娘が小学校3年生のときだったと思う。
学校公開期間だったか、授業中に廊下にいたら
隣のクラスの子どもたちが、
静かに大移動を始めたことがあった。

授業中にだれかがもどしてしまったらしい。

担任の先生がエプロン等をつけて対応しているのが
扉越しに見えた。

もどしたと思われる子どもは、
養護の先生につれられて階段を下りていく。

そのあとを追う形で私も階段を下りて
帰路についたのだ。

たまたまそういうタイミングだったのだろうが、
何もあとを追うことはなかったんだよなぁ…

それから1日半か2日半たったころ、
急に便意をもよおし、けっこうな下痢になったのだ。
吐くことはなかったけど、胃もおかしかったし、
それなりにしんどかった。
(下痢だけだったからか、娘にはうつらなかった)

今回、娘は私の目の前で派手に吐いており、
その対応を私がしたわけなのだが、
うつらなかった。

あのときに感染して、
今回感染しなかった理由が
いまだによくわからない。

いや、うつらなくてよかったんだけど・・・

ノロウィルスの場合、
免疫は期待できませんよね?
(基本的な免疫力は意味があるだろうけれど)

覚悟して自分も養生していたのが功を奏したか?

4年前のことを思うと、
ノロってやっぱりこわいなぁと思うが、
今回のことで、もらうときはもらうし、
もらわないときにはもらわないのかもしれないなぁ、
と思うことであった。

ちなみにどちらの場合も、
ノロウィルスだったのかどうかはわからない。

冬場は心配性に輪がかかる私で、
なにもなくてもいつもうっすら不安なのだけれど、
もう、もらってくるときにはもらってくるものなのだ、
と腹を決めて、
そのときの対処を具体的に考えておいたほうが、
精神安定のためにはいいかもしれない。
 2015.01.09 Friday 17:14 健康 permalink  
中1の娘と「かけ算の順序」で親子談義
はやいもので、娘も中学1年生。
「かけ算」を知って、5年たちました。

そんな娘と、「かけ算の順序」談義タイム。

娘に、「かけ算の順序ってわかった?」ときいてみると、
「″ずつ”を先に書けばいいから、
 どういう式を書けばいいかはわかるけど、
 なぜ、それを先に書かなければいけないはわからない」
とのこと。

(ちなみに″ずつ”を先にというのは、娘の発見ではなく、
そのように指導されてのこと。)

そのことについて、うちでは「サッカーボールおじちゃん」
という愛称で呼ばれている v(^_^) tetragonさんに、
Twitterで質問してみた。
https://twitter.com/tamami_tata/status/537899016596369409

いただいたツイートを私なりに翻訳して伝えてみる。

えっとね、6人に4個ずつみかんを配ったとき、
全部のみかんの数を求める式をたし算で書くと、
4+4+4+4+4+4 ってなるよね。

この「4」が、“ずつ”にあたる数で、
「1つ分の大きさ」なわけよ。

で、日本では「1つ分の大きさ」を先にして、
かけ算の式を書くようになっているから、4×6と書く。

この説明で、どう?

ちなみに、ママがそう思っているってことじゃなくて、
サッカーボールおじちゃんの解説ね。

これに対して、娘、ひとこと。

「どっちでもいいんじゃない?」

そこで、tetragonさんの次のツイートを伝えてみた。
そうしたら娘、私はこう習ったと説明し始める。
そのままじゃなくて、翻訳して言うからね・・・
という前置きつきで。

「文章題のときに、式を反転させると、世界観が変わるから・・・」

ちょちょちょちょちょっと待って、
先生絶対、そんなこと言ってないから(翻訳しすぎ!)
と私が制するのをかまわずしゃべり続けようとする娘。

ちょっと面白すぎるから待って、と止める私。

・・・よし、ここまで書いたから続けていいよ。

「だから、お皿の数とか、物の数が、反転する、と。
 そういうことを習った気がする。」

私「2年生のとき?」
娘「いや、けっこう最近」
私「6年生?」
娘「たぶん」
私「どこで出てきた?」
娘「それが覚えてないんだ」

私「じゃあ、どっちでもよくないんじゃない?」
娘「んー、気分で決める、私」
私「いいの?気分で決めて」
娘「間違ったらそんとき」
私「間違うというのは?」
娘「バツがついたら、そんときはそんとき
  まあ、それが大事な試験なら、あー、と思うけど…」

私「じゃあ、日本と外国で違うってのはどう思う?」
娘「いいんじゃない、場所と言語が違うんだから」
私「じゃあ、日本ではこうなっているから、そうしましょう、
  と言われれば納得する?」
娘「・・・うん」

私「外国の子が日本に来たらどうする・・・?」
娘「ほら、なんとかにならえってあったじゃん」
私「郷に入らずんば郷に従え?」
娘「たぶん、それ」
私「じゃあ、本日の結論は、かけ算の順序は、
  郷にいらずんば郷に従え、でいいかな?」
娘「なんか納得できないな…」

私「どのあたりが納得できない?」
娘「なんか、簡単に出ちゃう結論はあまり好きじゃない」

私「じゃあさ、これ、どう?」
  (東京書籍2年下p.12[2]の
  「式にあう絵を選ぶ問題」を見せる)

娘「ああ、私これ、0点かも。中学生になっても…
  2年生で出てきたら、絶望するかもしれない」
私「どうして? “正しい式”は書けるでしょ?
  “正しい式”が書けるならだいじょうぶじゃない?」
娘「その“正しい”を信じちゃならん」
私「(笑)なんで?」
娘「いま、“正しい”について考えてるんだよね」
私「なにかそういう機会があったの?」
娘「あふれてるじゃん、機会って」

私「とりあえずやってみてよ」
娘「(東京書籍2年下p.12[2]を解く→全部「正解」)」

娘「よし、覚えたよ私。ママの説明でわかったよ。」
私「何がわかったの?」
娘「式のやり方」
私「そっか。じゃあさ、結論としてさ・・・
   かけ算の式の順序はあるの?」

娘「そんな簡単にわかっちゃったら、
  ここまで論争が広がってないよ。
  少なくとも私が学生という身分を卒業するまで続くよ」
私「予言なんだ」
娘「続かせなきゃ」
私「なんで?」
娘「だって、短時間で解決したものに
  ろくなものないって経験が語っています」
私「どんな経験してきたの??」
娘「私が易きに流れた結果です」
私「あー、そういうタイプだからねぇ… 」

娘「私はゆっくり時間をかけて味わって結論を出すタイプです。
  そうしないともったいないから。
  この際、結論、出なくていい。
  で、また、思い出したときに、結論を求めて味わえばいい。
  ねえねえ、きょうびの2年生の教科書にはマカロンがのってるの?」

私「おばさんか!・・・そっかぁ、ママも何年か前までは、
  結論出なくていいと思ってたんだけど、
  疲れてきちゃったんだよね。どうすればいい?」
娘「気が向いたときに考えたら?」
私「でも、いまがチャンスだと思ってるから」

娘「(学習指導要領は)何年ごとに変わるの?」
私「おおむね10年。今回は8年だけど。
  でも、文科省は、もっと大きな話してるんだけどね。
  …でさ、サッカーボールおじちゃんの説明わかった?」
娘「うん、まあ、わからなくはない」
私「じゃあ、学校の先生も、そう説明してくれればいいのにね。
  日本ではこうなってますって。」
娘「みんなそこまで気にしてないよ」
私「気にしてないのか・・・だね。
  ママもママ友とそんな話したことないや。」

娘「だいたい、何が問題だったの、最初」
私「テストで逆に書いて、バツにされて頭にきたって話。
  間違ってないのに。」
娘「意外と単純な理由だね」
私「だから、あとはあれだ、
  日本ではこうすることになっているということと、
  日本ではこうすることになっているからそうしなさい
  っていうところを、納得できるかどうかだね」
娘「うん」

私「つきあってくれてありがとう。
  ちなみに、きょうの話はいったん全部忘れてください。」
娘「なんで?」
私「ひとつの仮定だから」
娘「はーい」

以上です。
 2014.11.28 Friday 18:31 「かけ算の順序」問題 permalink