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平安時代と室町時代がごっちゃになるわけ

またやってしまった。

娘が平安時代後半の話をしていたとき、
かる〜い気持ちで「応仁の乱あたりぃ?」と口をはさんだら、
沈黙されてしまった。

なんでも300年くらい違うらしい。

だからハハの場合、
平気で数百年はワープするんだって。

なぜこのようなことが起こるのか、
あらためて考えてみた。

たぶん、どちらも私にとっては
「なんとなくミヤビ」なのだ。

平安時代は平安時代という言葉がすでにミヤビ。

一方、室町時代をミヤビと思う理由を
つっこんで考えてみた。

そうしたら、遠い遠い記憶がよみがえってきた。

これまでの長い人生で
大河ドラマを続けて見たのは、
『八重の桜』だけなのだが、
そのほかのものについても、
たまたま見かけたシーンだったら、
いくつか覚えている。

そのなかで、わりと印象に残っているのが「花の乱」。

特に、銀閣寺を作った人と、その奥さん。
奥さんを演じたのは三田佳子。
つまりは日野富子だと思う。

だんなさんは義満かな?とか思っていたら、
先日、ひょんなことから義政とわかった。

ひょんなことというのは、
テレビで「応仁の乱」をやっていたから。

あのだんなさん、
つまり義政はだれだったのか検索したところ、
市川團十郎(12代目)らしい。

たぶん、このだんなさんが
ミヤビだったのだきっと。

覚えているのは、琵琶の弦か何かに
髪の毛をまきつけたおまじないの話と、
日野富子が何かの香水をつけて
義政の前にあらわれたとき、
梅の香をじゃまされた義政が
不機嫌になったことと、
銀閣寺に何かが足りないことを
だれかと相談しているシーン。

すべて私の記憶のなかにある場面なので、
実際にあったかシーンかどうかはわからない。

そんなこんなで、おそらく、
室町時代→ミヤビ→平安時代
になっちゃったんじゃないかという結論が出た。

なお、わが家には話題になった例の本、
呉座雄一著『応仁の乱―戦国時代を生んだ大乱―』
が、あることはある。

「はじめに」の数ページを読んで果てたハハ。

本を前から順に読むということができない私、
歴史本をところどころ読むというのは
アリなのだろうか・・・と自問しつつ、
気が向いたら開こうと思っているところ。

いまのところまだ気が向いていない。

 2017.10.07 Saturday 13:30 歴史 permalink