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PTA活動があるとなんのいいことがあるのか
というわけで、PTA活動の利点についても
少し書いておこうと思う。

まず個人的な視点から実感していることは、
PTA活動を通して得られるもっとも大きなものは、
「人とのつながり」だということ。

そのつながりが子どもを通したものではなく、
子どもと少し距離のある具体的な作業=PTA活動
であるところにも意味があると思う。

さらには、仕事や趣味などの場合、
そこにいる同僚・仲間は
ある共通項のもと集まっていると思うのだが、
(公立学校の)PTAの場合、
子どもが同年代であることと
同じ地域に住んでいるということだけが共通項であり、
それはそれで1つの共通項ではあろうが、
仕事や趣味での共通項とは意味が異なっている。

あるママ友が「カルチャー」という言葉を使って
説明していて、なるほど〜!と思ったのだが、
要は、特定のカルチャーを共有していることを
前提としていない人たちの集まり、
それが学校の保護者なのだ。

だから、ごくたまぁに、
カルチャーショックを受けることはあるが
(あのパパのように>
それはほんとにめったにないことで、
むしろ、子育てしていなかったら
出会っていなかったであろう人たちと出会えて、
その人たちの素晴らしさに触れて、
面白いなぁ、よかったなぁ〜と思うことが多い。

それは、仕事や趣味といった“カルチャー”を介さない、
もっと生活に密着したつながりであり、
深くはないかもしれないが、幅の広いものだ。

ある役員さんが、
こんなことを言っていたのが印象的だった。
PTAで大事なことって、
すばらしい成果をおさめるかどうかではなく、
「活動のあとのランチが楽しいかどうか」だと。
(なお、活動のあとのランチが楽しいことは、
 確実に成果に反映されることだろう)

そういう意味で、PTA活動って、
目的本位ではないと思う。
いや、人とのつながり自体を目的に据えれば、
それは立派に目的本位になるだろうが。

「えー、そんなことのために時間をとられたくなーい、
ママランチ、ノーサンキュー、私はけっこう」
と思う人もいるだろう。
実は私も、どちらかというとこちらのタイプだと思う、
タイプだった。

しかし逆にいえば、だからこそ、
「ただのママランチ」や、親睦を目的とした集まりよりも、
PTA活動の具体的作業を通しての関係、
そのあいまのちょっとしたコミュニケーションの面白さを
しみじみ感じるのだ。

また、PTAの作業でちょくちょく学校に行くことで、
知るともなく知れていること、
感じるともなく感じられていること(学校の状況など)
もあると思う。

そういう私にとっては、PTAの「自動加入」には、
ある程度意味があるのかもしれないなぁ・・・とも思う。
自動であるからこそ、背中を押してもらえて、
「へえ、PTAってなかなかいいところあるじゃん」
ということを知ることができるから。

私のような怠慢な人間は、任意加入になったら、
あっというまにPTAからはなれるような気がする。

それか、ものすごく納得できないことがあったときに、
熱ーーーく参加してしまうか・・・(^^;

半ば強制だから、しかたなくやっているので、
「いい感じで力が抜ける」という点もあるかもしれない。
表面的に「任意」で、実は背後に見えない圧力、
という状況は、とても怖いと思うし。

以前も書いたように、
PTA活動にできるだけ関わりたくない人を1、
会長クラスを10としたときに、
自分は6くらいの位置どころにいると思うけれど、
この5〜6あたりにいる人、つまり、
「だれかがやらなくちゃいけないなら、
このあたり私がやりましょうか」というくらいの
意識でいる人の背中を押すのに、
PTA活動の強制加入・自動加入は
役に立っているような気がするのだった。

いずれにしろ、
先に書いたような日常的な保護者のコミュニケーション、
クラスや学年を超えた子どもを直接に介さない交流は
子育て中の保護者にとっては意味が大きいことで、
ひいてはそれが学校全体にいい影響を及ぼしている、
と現段階では感じている。
というか、それを期待している。

というくわけで、PTA活動は、
個々の活動の成果よりも、
そこで立ち働く保護者が日常的につくる
“場”のようなもの、その空気の動きに、
より大きな意味があるのでないかと、
個人的には感じているのだった。
 2012.06.16 Saturday 09:05 PTAの話 permalink