「教育現場の挑戦」の記事のディテイルに感動する/研究開発学校制度とあわせて

先日、朝のTV番組で、
ある小学校の授業実践がとりあげられていた。
http://bit.ly/1beNaDn

感動した。

こんな学校があるんだと驚いた。

学校名を覚えられなかったので、
あとで調べたところ、
新潟県上越市立大手町小学校だとわかった。
http://www.ohtemachi.jorne.ed.jp/
公立だ。

番組では、「川から学ぶ」授業が
紹介されていた。

バタバタしている時間帯に観たので、
細かくメモをできなかったのだが、
川の流れの速さが場所によって違うことを観察したり、
水質を調べたり…といったようなことも
していたように思う。

特にとりあげられていたのは、ゴミ問題。
川にゴミが捨てられているのを
子どもが何度か見かけて、
それをどうしようか、
と教室で話し合っている風景が
放送されていた。

みんなから出された意見が、
黒板いっぱいに書かれていく。

子どもの発言で覚えているのは、
捨てたらすぐに拾えばいい、ということや
監視カメラをつけるという案、
監視カメラをつけるのには反対だという意見など。

黒板いっぱいに書かれた意見を、
ひとつまとめることはしない、
と教師がコメントしていたと思う。
つまり、結論は出さないということなのだろう。

その学校には、国語、算数、理科といった
従来の教科のくくりはないようだった。
サイトによると、
「生活・総合」「創造・表現」「数理」
「ことば」「健康」「ふれあい」の6領域と、
この6領域をつなぐ「学びの時間」で
教育活動が行われているもよう。

ということからもわかるように、
だれが1人の先生の、
突出した個性的な授業というわけではなく、
学校全体でこのような教育活動に
取り組んでいるようだった。
先生たちも試行錯誤の連続だ、と。

また、保護者の反応も放送されていたと思う。
最初はとまどっていたようだが、
実際に子どもたちが変わっていく
(自主的になっていく)様子をみて、
受け入れるようになった、
というような話だったと思う。

個人的には、この話題が
国際学力調査や全国学力テストと
からめて語られるのが興ざめだったが、
逆にいえば、学力アップの話題に、
この小学校をとりあげたNHKはえらい!!
と思った。

テストの成績がいいと、
保護者の理解が得やすいということで、
それはそれで、よいことだと思う。
(あとで紹介する記事の内容で、
 この辺についても「なるほど」と納得した)

なお、この小学校は、
平成24〜26年度の文部科学大臣指定の
研究開発学校になっている。

そこで、この制度についてちょっと調べてみた。

■文部科学省>研究開発学校制度
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/kenkyu/htm/ 01_doc/0101.htm

なるほど、納得した。

この指定を受ければ(とりつければ)
「現行の教育課程の基準によらない
教育課程の編成・実施を認め」
てもらえるわけだ。

あとで触れる記事からわかるように、
大手町小学校は、2006年度の時点で
3回めの指定を受けている。
現在の指定は4回めか5回めになるのだろう。

ということは、連続で受けているとしたら、
指定は2000年度から始まったことになる。

ところが、上越市立大手町小学校の実践には、
もっともっと長い歴史があるようなのだ。

■VIEW21[小学版]2007年4月号>教育現場の挑戦
http://berd.benesse.jp/berd/center/open/syo/view21/ 2007/04/s03chal_01.html

 そのとき、子どもは、教師はどう変わったか

 新潟県上越市立
 大手町小学校
 約30年の「総合学習」の研究を教科学習の指導法に生かす


というわけで、大手町小学校における
総合学習の研究は1977年から始まったらしい。

なぜ、続けることができたのだろう?
と驚いたのだが、1ページめを読んで、
これまたなるほどと思った。

ちなみに、35年の間に、
指導要領も4回変わったはず。

そして、いったん脚光をあびた
総合的な学習の時間は、
「ゆとり教育批判」とともに
横目で見られるようになったのではないかと
個人的には推測しているのだが、
そんな「国」の変動に大きくぶれることなく、
自分たちの思う教育活動を
紆余曲折・試行錯誤しながらも
地道に続けている学校がある
(公立なので構成メンバーを変えながら)
というそのことが、驚きであり、 感動だった。

しかも、文科省もそれを認めているのだ。
少なくとも否定はしていないはず。
新しい指導要領になっても、なお。

先のベネッセの記事には、
興味深い記述がたくさんあるが、
そのなかから特に、ラスト近くの
次の部分を抜き出してみようと思う。

 「以前、川の観察をしたとき、一か所をぼんやりと眺めていて、何も記録しない子どもがいました。次の時間にも、やはり同じ場所を眺めている。注意しようと思ったら、その子は前の時間との天気や風向きの違いに着目した記録を一気に書き始めたのです。そのときに、子どもによって能力の発揮の仕方はさまざまなのだと、目を見開かされる思いがしました」

私はここを初めて読んだとき、
涙が出そうになった。
「先生、よくぞ待ってくれた!!」と。

その子の「時」が熟すまで、
よくぞ待ってくれた…と。

この「目を見開かされる思いがしました」
という先生の言葉には、
本当に勇気が与えられる。

 総合学習を中心に、子どものありのままの姿を見つめる努力をしてきた大手町小学校。今も、時代の変化に対応しながら、常に進化し続けている。

こういう教育が実現しているのだ…と、
何度も何度も驚いてしまう。

引用部分が前後してしまうが、
こんなことも書いてある。

 「板書や発問などの技術面はあまり話題に上りません。5つの資質・能力の、どれが、どのように発揮されていたかを子どもの様子から観察し、学習の定着とのかかわりを分析します。ですから、授業中は教師の動きではなく、ほとんど子どもの動きや表情を見ています」

ヒントも可能性も指針も、
目の前の子どものなかにある。

指導要領やその解説や、教科書や指導書や、
教材研究や教育専門書のなかにあるんじゃない。

教育の内容は、地域や学校や教師によって
さまざまであるとしても、この原則だけは、
普遍的なものではなかろうか。



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