娘、問題をよく読むのだ/全滅のほうが安心する場合があること

娘(小6)が学校から持ち帰るテストで、
点数がいちばん低いのは算数。

そして…というか、したがって、
どこをどうまちがったのかを見るのが
ちょっと楽しみなのも算数。

小4のときには角度をはかる問題が全滅だったし、
小5のときには小さい順じゃありませんだったし。

どうもこの子は、
問題の背後には出題者がいるということを
ないがしろにしがちというか、
出題者をあまり気にしない傾向があるらしい。

で、先日は「比とその応用」で、
こんな答をもってかえってきた↓


(新学社)

ありゃまー

ちなみに、「ちゃんとした」まちがいもあった。↓


(同上)

そのほか、比で答える問題で人数を書いていたり。

あと、裏面では「比の値」を
比の数値の和と思っているらしい痕跡アリ。

で。

最初に示した[2]のような間違いは、
あたりまえのことながら、
全部間違いのほうがほっとする。

これ、小問2だけ正解だったら「?」がとびまくるし、
小問4だけ正解だったら、
最後で気づいたのに他を書き換えないことのほうが
問題の根ははるかに深いと思うわけであり。

そういえば、娘が低学年の頃、同学年の子をもつママ友が
算数のことで軽くショックを受けていたことがあった。
ある計算プリントが全然できていなかったらしく、
(ほぼ?)全滅だったもよう。

くりあがりのあるたし算か、
くりさがりのあるひき算か、
たぶんそのあたりのことだったと思う。

もしかしたら、
「さくらんぼプリント」
だったかもしれない。

  興味のある方は検索してくださいませ〜
  私はこの名称を、
  まだ自分がTwitterをしていないころ、
  ある方のTwitterで知り、
  そうか、あの方式には名前がついているのか〜
  と認識したしだいです。


答案は直接見ていないけれど、
とにかく、同じパターンの計算練習をやるような
そういうプリントだったのだろうと思うので、
「全部バツなら、そのうち全部マルに転じるかもよ〜」
と伝えた。

そうしたらママ友は、とても納得していたふうだった。

計算の仕組みがわかっていないか、
何を問われているかがわかっていないかの状態であれば、
全部バツになると思うし、
むしろ、バツとマルが混在しているほうが、
話はややこしくなりそう。

で、このことを、娘の答案を受け取るより前に
あることがきっかけで思い出していたのだ。

そのきっかけとは、Twitter経由で知った、
次の「相談」のこと↓

教えて!goo>1年生の長男。算数のテストが0点だったら?
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/5760495.html

私だったらこういう義父母に0点の答案は見せないなぁ、
と思ったけれど、内容から察するに、
おかあさんは仕事をしていて、
そのあいだ義父母に子どもの面倒をみてもらっているような、
そういう状況だと思うので、
答案を見せないというのは不可能かもしれない。

  こういう環境のなかで子育てをするというのは
  ストレフフルだろうなぁと思うけど、やっぱり、
  子どもの面倒をみてもらえるのはありがたいと思うので、
  うまいことやっていくしかないのでしょうね…
  あと、子どももいろんな価値観に囲まれて育って、
  結果オーライかしらん!?


ちなみに、
むかしある人からきいた話なのだけれど、
こういう場合、
「親も一緒にショックを受け(てあげ)る」
のも大事なことだ、
という考え方はあるらしい。

そうしないと、
本人がショックをひとりで背負うことになるから。

ただこの場合、
おじいちゃんがもう十分にショックを受けているようなので(^^;
これ以上、まわりがショックを受ける必要もなさそうですね。

  ところで、おとうさん(夫)…は?
  (私が読みおとしたか?)

それはそうとして。

子どもがどういうふうに
「質問の意味が理解できなかった」かをきいてみると、
もしかしたらすごく面白い話がきけるかもしれない。

受けるなら、0点ショックより
カルチャーショックのほうが楽しいかも!

カルチャーショックといえば、
何十年前か(!?)もう忘れてしまったけど、
とある教育関係の仕事をしているときに、
理科の問題を見る機会があり、
私はびっくりしたことがある。

ウキクサの増え方か何かの観察についての問題で、
ひなたとひかげでその違いを調べるものだったと記憶しているが、
「ウキクサの数はどうしますか」
というような設問があったのだ。

   ・・・どうしますかときかれましても・・・

答えは確か「同じにする」だったと思う。

答えをきくと、
「ああ、そういうことか」と思うのだけれど。

低学年だったと思うから、あんまり難しい言葉も使えなくて、
「どうしますか」に落ち着いたのだろうか。

たとえば算数でも数学でも、こういうことってよくあって、
それに関わっていくうちに見慣れてきて、感覚が麻痺して、
「え、どこがへん?」っていうことに
なっていくのかもしれないな...

“問う”って基本的に、難しい。

テストの問いは本物の問いではなく、
後半(結論)を隠した「解」なんだろうな。
「解けない問い」

そういえば昔、こんなことして遊んでた私たち>問題文の口調

あのころ娘は3年生かぁ…

それがあともう少しで中学生ですよ。
 


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