かけ算・わり算の文章問題における「1」の存在感

学校公開で観た算数の授業
(習熟度別学習/分数のかけ算・わり算)
をもとに考えたことを書いている。

1.2つの気持ち/習熟度別学習における分数の授業を観て
2.算数の問題のリアリティってなんだろう?



3.かけ算・わり算の文章問題における「1」の存在感

その授業で取り組んでいた問題は、
「畑に1m^2あたり6/7Lの水をまきます。
2/3m^2の畑には、何Lの水をまきますか。」
という内容のもの。
(正確な問題文は記憶しておらず。
算数のノートを提出中なので、数値も未確認)

この問題を解くにはどんな式をつくればいのか、
かけ算なのかわり算なのか
子どもたちはよくわからないようだった。

教師は、畑(花だん)の絵を描いて説明する。

そして、こんな問いを何度か子どもたちに投げかけた。

「1m^2に何をかけると、2/3m^2になる?」

 こちらも実際の言葉を正確に覚えていない。
 もしかしたら単位ナシのときもあったかもしれないし、
 1度くらいは「倍」という言葉を使ったかもしれない。

このきわめてシンプルな問いに、
教室の後ろに立っていた私は、
途中で答えられなくなった。

1m^2に・・・

  何をかけると・・・

    2/3m^2になる・・・?

そのときには思考停止状態だったが、
いまだったら「魔法」とでも答えたい気分。

少なくとも、
水をかけても2/3m^2にはなりませんね・・・(^^;

1m^2に2/3をかけると2/3m^2になるのだから、
6/7Lに2/3をかければ、
2/3m^2の畑にまく水の量がわかる、という理路。

途中で、
「1に何をかければ□になるのか」
という問いの意味を、
1個のおまんじゅうと10個のおまんじゅうで
説明していた先生。

という話からも、
この教室の停止状態が、
よく伝わるのではないかと思う。

あらためて考えると、面白い話だ。

6人の子どもに10個ずつおまんじゅうを配るとき、
ふつうは「10×6」という式を書く(書かされる)。
「6×10」ではバツになるというのが
いわゆる「かけ算の順序」問題。
あえて単位をつければ、「10個×6人」となる。
より正確には「10個/人×6人」となる。

しかし、6人に1個ずつだったものが、
6人に10個ずつになったと考えると、
1個に10をかければ10個になるので、
6にも10をかければいいことになり、
「6人×10個」という式ができる。
いわゆるトランプ方式の発想に近い。
(1人に1個ずつ配っていくと、
6個/回×10回になるという考え方)

なお、これはもちろん、
「○に△をかけると言うとき、○×△と書く」
ことが前提になっている。

話をもとにもどすと、
先生ががんばって説明していることは
私にもよくわかったのだが、
そのうち私の頭の中は、
「1ってなんだろう・・・」
という難問で満たされていく。

この授業について、
その後、何度か娘と話をしたのだが、
娘いわく、「1ばかり目立ってちょっとムっとする、
他の数だって目立ちたいだろうに・・・」と。

とにかく、分数に関わらず、
かけ算・わり算の文章問題では、
「1」というものがとても大きな存在であり、
ほとんど主役といってもいいのではなかろうか、
とさえ思えることがある。


(つづく)


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