学校から出される宿題としての「自主学習」のその後(←いいよ! これ)

6年生になってから、
宿題の半分が自主学習になった。

最初の1週間くらいはフォローしたが、
その後は、基本的には本人まかせ。
(相談にのったりすることはある)
でないと、意味ないし(^^)

4月の個人面談のときに、
新しい担任の先生に
「うちの子はああいう宿題が
いいと思ってたんですよ〜」
と伝えると、
「あんなに調べてくる子いませんよ(^^)」
とほめてくださって、うれしさ6割、
ちょっと残念な気持ち4割だった。
 
でも、まだ始まったばかり。

そのうちみんなコツがわかってきて、
いろんなことするようになってくるだろう。

  さっそくその萌芽が、
  娘との会話を通して
  感じられるきょうこのごろ。

他のクラスのおかあさんにきいたところ、
「自主学習」が宿題になっているのは
うちのクラスだけではないと判明。
学年共通のことなのだろう。

中学受験する子も多いだろうから、
「塾の負担」緩和の意味もあるのかな?
(塾の宿題でもいいことになっているので)
と思っていたのだが、
実際に子どもが塾に通っている
おかあさんの話によれば、
「なんでもやっていいノート」に
塾の勉強をするのはもったいないということで
別のことをしているらしい。

すばらしい。

また、きのうは、別の意味で
ちょっと面白いことがあった。

最近、どういうことやってるんだろう?
と娘のノートをぱらぱらっとめくっていたら、
先生がいつもより長く
コメントしているのが目が入り、
しかも算数のページだったので、
なんだろう?と読もうとしたら、
娘からSTOPがかかったのだ。

算数の話ではないな・・・
というところまで確認したのだけれど、
もしかしたらこれは、
ちょっとした「交換ノート」の役割も
果たしているのかもしれない。

ということもあり、先生にとっても、
この形いいと思いますよ。(^^)

その子がどういうことに興味があるのか、
いまどういう状態でいるのか
ドリルの宿題よりつかみやすいと思うし、
「へぇ」と思うこともたくさん起こると思う。

全部読んでコメントつけるのは
大変だろうけれど、漢字だの計算だの、
おんなじ問題を30数名分見せられるよりは、
よっぽど楽しいんじゃないでしょうか。

娘には、
「題材に困りそうだったら、
シリーズものにするのも手だよ」
と伝えてある。

そうして膨らんでいくものがあれば、
夏休みの自由研究の準備にも
なろうというもの。

ちなみに、娘によれば、
「自主学習」で
歴史は扱わないんだって。

それから、宿題としての自主学習でやることと
趣味でやることも分けてるみたい。

あくまでも、提出用は提出用なのね。

それはそうとして。
このあいだは、
漢字をびっしり書き詰めながら
「いいひまつぶしになる」
とか言ってた。

小5の頃の娘にきかせたい。

やらされるのとやるのとでは、
こうも違うものか。

ところでこの形の宿題、
保護者からクレームがつくことが
あるのだろうか?

つくとしたら、どんなクレームだろう?


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