ハハのイゲン

娘「ママって、母親っていうより、友だちみたいだよね」

母「すんませんね〜、威厳がなくて」

娘「なんか対等なんだよね。その対等な感じが威厳なんだよね」

母「・・・」



なんか深いこと言われたんだろうか。




 


やばっ!?

各ブログの更新のリズムが
なんだかよくわからないことになっていて、
結局また閑古鳥にもどりつつあるこのブログなのだけれど、
いま久しぶりに開いて最新の3記事を読んで、
(特に4つ前の記事と1つ前の記事を読んで)
「なんかこれやばくない!?」と自分で感じたので、
あわてて追加記事を書いているしだい。

なにしろ前の前の前が
 
ぼぴぼ ― bo-pi-bo ―

で、ひとつ前の

落ち込んで問う娘、そのとき母が読んでいたのは・・・

の最後で出てくる書名の副題に
「家族を作らない」なんてくだりがある。

こうなるともはやシャレにはならず、
“子育て疲れてます感”
が漂っているのではなかろうか!?

というのは考えすぎだとしても、
とりあえず親子とも
それなりに元気に過ごしているということを
書かねばと思ったしだいでございますー。

ネタはあるのですが、
文章にするのが難しいのでございますー。

たとえば

 「平行四辺形になる条件と就職活動」

といったようなネタも、
家庭内では面白かったけれど、
それを読んでいる方がわかるよう言語化するのは、
ひと仕事なのでございますー。

近くにいる娘いわく
「私がなんとか言語化しようか?」

そうだよーー
自分で書いてくれーー

娘「でもさあ、私が言語化するとケチつけるじゃん?」
母「つけない」
娘「いや、ぜったいつける!」

 ・
 ・
 ・

えっと、親子論争になりそうなので、
このへんで切り上げまするー!

ではではー!


落ち込んで問う娘、そのとき母が読んでいたのは・・・

娘に何か困りごとが生じたらしく、私の近くにやってきた。


 娘「ねえ、ママの社員時代ってどんなだった?」
 
 母「(社員時代は)ない」

 娘「社員じゃなくても働いているとき」

 母「出かけていって? うちで?」


何が聞きたいのかと思いきや、
やる気がないときにどうしていたか、
ということらしい。
たとえば締め切りが近いときなど。

 母「やってたよ、ちゃんと。
   (締め切りがあるものは)早めにやる」


何しろPCで読書中だったので、
気もそぞろの母。

そうこうするうち、
あることを思い出し、
娘の問題は解決したらしい。

問題は解決したらしいが、
疑問は解決していないらしい。

ちなみにそのとき母が読んでいた本は・・・
 


証明の「仮定」が納得できないらしい

娘が「仮説」について聞いてくる。

なんだか釈然としない様子。

しかも数学の話であるらしい。

「ん? 数学に仮説は出てこないでしょ…」

と思いながらよく聞いてみると、
どうやら「仮定」のことを言いたかったもよう。

そういえば冬休みの宿題で、
図形の証明をいっしょにやったっけ。
そういう時期になったんだー。

証明するまえに、
問題文から仮定と結論を読み取るわけだが、
その「仮定」が納得いかないらしい。

娘の言い分はこう↓

 なぜそんな不確実なものをもとにして考えるの?

・・・・・。

私「いやだから、そうだとしたら、ということだよ」

娘「そうだとしたらということは、
  そうかどうかはわからないってことでしょ?」

母「いや、そうなの。いまはそうだとわかってるの。
  そうだとしたら、どうなるかってこと」

娘「じゃあ、そうですっていってよ」

母「いってるよ、問題文で」

娘「じゃあ、なんで ″仮” なの?」

母「・・・・・」


私はなんと説明すればよいのでしょう。


ぼぴぼ ― bo-pi-bo ―

先日の寒い夜の就寝時。

足もとが寒いらしい娘が、
私の布団の中に足を突っ込んできた。
(わが家は布団を並べて寝ている)

確かに冷えている。

一方、寒がりゆえ
起きている間も寝るときも、
寒さ対策万全の母の足もとはあたたかい。

というわけでしばらくの間、
ぬくもりをお裾分けしていたのだが、
冷たい足はやっぱり冷たい。

かわいい娘の足だから冷たくない、
ということはない。

それに布団にやや隙間ができて、
それも少し冷たい空気を入れている気が
しないでもない。

というわけで、
ほどなく追い出す「にんぴにん」の母。

「にんぴにん」とは「人非人」のことだけれど、
なぜか変換してくれない。

えっ、50年間、読み方を間違えていたのか??
と不安になったので検索してみた。
http://dictionary.goo.ne.jp/jn/168984/meaning/m0u/

2番目の説明にちょっと惹かれた。
へぇ、ひとでなしは俗な神なのかー(ちがう)

とにもかくにも人非人のハハなのだが、
ハハだから「ぼぴぼ」だね、と言ってみる。

脳内では母非母と変換される。

というか、漢字を思い描かないと、
発音できない不思議な言葉だ。

だから○○ちゃんは、
「こぴこ(娘非娘)」だね、
と言ってみる。

「えー!?」

と何も非がない娘は驚く。

私「だって、母にあらず母の娘なら、
  娘にあらず娘じゃん?」

母はだんだん楽しくなってくる。

そうしてお話が始まってしまった。


  あるところに
  ぼぴぼとこぴこがすんでいました。

  ぼぴぼとこぴこが
  やぴや(家非家)にすんでいました。

  ・・・・・・・



あのー、おととしの夏も言いましたが。

 
  いいから寝ろっ>そこの親子


と、なんの非もない娘を巻き込むbobibo。

でもきっと楽しい話をしたから、
kopikoの心は少しあたたまったにちがいない。うん。


心の稼ぎ

少し前のことになるが、noteで
「無」がない話というテキストを書いた。

できるだけ平易に、
なおかつ間違いがないようにと
それなりに気を遣って書いたのだが・・・
(参考にしている本の内容と
 齟齬がないようにという意味で)

できあがってみれば、
あまり平易でもなかったし、
このくらいのものなのかぁ…
と思う仕上がりだった。

でも、書きたいことは書けたし、
気持ちが先につながったから、
書いてよかったと思う。

いつもはだいたいの下書きができると、
PCの画面上でチェックしながら整えていくのだけれど、
あの文章は参考文献もあったし
あちこちから話をもってきていたので、
プリントアウトしたうえで、
赤ペン片手に確認作業を行った。

「仕事かよ〜〜」

と半ば自嘲しながら。

もしかしたら、
「何の稼ぎにもならないのにねぇ」
という内容のことを口にしたかもしれない。

そうしたらそばにいた娘が、
こんなことを言ったのだ。


  「でも、心の稼ぎになるから、
   無駄じゃないんじゃないの?」


「糧」という言葉は聞いたことがあっても、
「心の稼ぎ」という言葉は初めてきいたので、
新鮮だった。

ちなみに note はコンテンツに課金できるので、
自分の文章に値段をつけて売ることもできる。

もちろん、売れるかどうかはわからないのだが、
「一銭にもならない」可能性を消すことは可能だ。

かつては私も、テキストや、
テキストを束ねるマガジンに
課金していたことがある。

そして、買っていただいてうれしかったこともある。

だけどその後は課金していない。
noteで課金することは、
しばらくないだろうと思う。

 自分独自の合理的判断!?に基づいてのことです。
 居候状態でプラットフォームを使わせてもらって
 申し訳ないなぁ…という後ろめたさが
 まったくないわけではないのですが。

なお、課金したことを後悔はしていないし、
買っていただくというのはやっぱりうれしい。
そして、課金したから公開できた文章もある。

でも、あのテキストは無料で公開したかった。

ちなみにいま書いているこの記事は、
「お金がすべてじゃないよね」
「お金より大事なものがあるよね」
ということが言いたくて書いたわけじゃない。

もちろん、
「すべてではない」
のは言わずもがなだが、
お金は大事だ。
 
そういう話ではなく、
娘が使った「心の稼ぎ」という言葉が
面白かったのだ。

「心の糧」という言葉は名詞的だが、
「心の稼ぎ」という言葉は動詞的で、
行動が感じられて面白い。

心の糧も、稼いでこないと
無尽蔵じゃないのかもしれないね〜!


続・やりたいことと、やるべきこと

先日書いた、
やりたいことと、やるべきこと
のその後の展開でございます。

まず、私の場合、
「やりたいことはやるべきこと」だが、
「やるべきこともやりたいこと」だと
発想を転換させるできごとがあった。
間違えて買ってしまったスケジュール帳の使い道

さて、娘の場合はというと・・・

なぜ、やりたいことをやってもイライラするのか、
その理由が判明したもよう。

それは、
「やりたいこともやるべきことも、
 次々にあふれてきて、
 それをその日のうちに消化できないから」
というもの。

じゃあ、次々にあふれてくる
やりたいこととやるべきことに
どう対応していくか、
ということなのだが。

そのためには、優先順位を見極めることと、
計画性をもつことが大切になるということは
本人もよくわかっていて、
計画も立ててみたらしいのだけれど、
どうにも実行できないらしい。

そんななか、ある日(確か冬休み最終日)、
「きょうは充実したなぁ」という1日があったらしい。

なぜその日はうまくいったかというと、

   「謙虚になったから」

とのこと。

あらまー、すんばらしいじゃないですの。

どういうことかというと、
「ノルマをちょっとさげた」らしい。

そして、動くことにしたとのこと。
やりたいことをどんどんやることにした、と。

「ママに喝を入れられたから」ということのようだが、
喝なんか入れたっけ・・・?と記憶をたどって思い出した。

そうそう、私の目から見ると、日中、
やりたいことをさんざんやっているように見えていて、
それが一段落したときに愚痴を垂れられても
どうしていいかわかんないよ、
と思ったことがあったのだ。

だから、それを親というよりは対等モードで
正直に吐露したことがあったような気がする。

たぶんそのときの私は、
年末の大掃除をほとんどやらないぐーたらのくせに、
さすがにこれじゃいかんだろうと
しぶしぶちまちま掃除をしていて、
そんななかで愚痴を垂れられて、
「知らんわ」と思ったんじゃなかったかと思う。

親子でいっしょに段取りよく掃除をするとか、
掃除の習慣をつけさせるとか、
そういうことをまったくしていないどころか、
自分の掃除さえいきあたりばったりの気分しだい。

そんな私が娘に計画性を伝授できるはずもなく。

ちなみに、私から愚痴返しをされた娘は、
「14年間いっしょにいて
 私のことを学習していないのか」
と思ったらしい。

でも、愚痴に返した正直な愚痴が
喝になったのなら結果オーライじゃないの?

ところが。

娘の前でこの文章を書きながら、
「お役に立ててなによりです」
と入力しようとしたら、
「いや、私が活用しただけだから」とな!

なんだかどんどん私に似てきて
「ヤな親子」になりつつあるのが気がかりだけど、
引き続きいろいろ活用してください。


やりたいことと、やるべきこと

それは昨年末のこと。

冬休みに入ってしばらくしたころの娘が、
夜、寝る前、なんだかご機嫌斜め・・・
ということが何回かあった。

就寝時の眠さ・だるさからくるものもあったようだが、
たぶん、その1日が充実しなかったことを感じて、
やるべきことがなかなか進まないことに対する
イライラからくる不機嫌なのだろうと私は感じた。

そんななか、ある日、
娘が私よりはやく起きて何かやっている。

その作業は、きのう終わった作業の続きで、
(終わっているから続きでもない)
私にとっては必要ないもののように思えた。

たとえていうなら、
宿題の絵をきのう描きあげて、
それを提出するつもりなのに、
また別の絵を描いているような
そういう状況。
(あくまでもたとえです)

そこで私は言った。

「それ、やらなくていいんじゃない?」

気持ちとしては、
やるべきことをやったら?
(そうしたら寝る前にイライラしないでしょ?)
というようなニュアンスだったと思う。

すると娘いわく、

 「やりたいことは、やるべきことなんだよ!」

・・・確かに。

素直に、確かにそうだと思った。


私もこれからはそれでいきたい。


問題は、やりたいことをやっているのに
なぜ、夜寝る前にイライラするのか、
ということだ。
 

この話には、親子それぞれ
"その後の展開” が訪れたのですが、
それについてはまた後日、報告しまーす。


しあわせ親子か

先日、娘とふたりでこのブログを読み返しながら、
自分たちでウケていた。
(ここでタイトルの突っ込みが入る)

私が何かのきっかけでブログを読み返していて、
そこに娘がやってきてのこと。

その前にちょっと落ち込むできことがあった娘いわく、
「いいね、こんなふうに、
 むかし書いた雑談で気持ちが晴れるのは」
とのこと。

だね。

これまで3つのブログと note とたまに twitter で
なんだかんだいろいろ書いてきたけれど
このブログは他のブログと雰囲気が違うと自分で思う。

書き方が違うわけなんだけど、つまりは自分が違う。

どうしてかはよくわからない。

それから、なんとなく感じているのは、
Web上で書いたもののうち、
反応をいただくことが多いのは、
こういう親子ものなんじゃないかということ。
いい反応となるとなおさら。

なので、娘に、
「いいなー、○○ちゃん、人気があって…」
と言うことがあるのだが、
「でも、ママが書くからだよねー」
とつけくわえるとムッとする娘。

負けず嫌いなところもそっくり。

ただ、このブログはいちばん更新が途絶えがちで
わが家でも「閑古鳥」が代名詞になっているくらいであり、
書くのがたいへん…とまではいかないけれど、
ネタさがしに苦労する。

ひとつには、自分のことじゃないので、
気を遣うという面がある。

あと、他のブログは
なんらかの本を読むために書くことが多いのに対し、
ここはほとんどそれをやっていないので、
身近なところからネタをさがしてこなくてはいけない。

これが意外と大変。

かくして「閑古鳥」となるのだった。

って、閑古鳥ってなんだっけ・・・

(検索中)

えっ、カッコウのことなの??
http://zokugo-dict.com/06ka/kankodori.htm

あのエグイ子育てする鳥?

このあいだもテレビで托卵のことやってたんだけど、
なんでそういうことになっちゃったんだろうねー。

神様、なんか意図があったんだろうか?

托される親も気づけよ…と、
先日のテレビを観ながら思った。

検索してみるといろいろと面白い記事に出会えるのだが、
今回はリンクは省略ということで。

あら、娘がなんか自分で書きたそうにしてるので、
バトンタッチします。


「ここで一句
 かっこうが 他に托卵 たくらんだ」



            ・・・・・・・汗


 


人はだれでも

娘が、「また、だれかの絵を描きたい」という。

だれかというのは、数学の人とか、歴史上の人物とか。
ルターさんからブルーノさんまで、イメージで描いてみたらしい。

なので、数学者の岡潔を推薦したところ、できあがったのは・・・


 


私が「若い若い、若いよ〜!」と言うと、娘いわく


  人はだれでも若いときがあるんだよ。


・・・です。


偉人は「よく目にする写真」が、
その人になってしまうのだった。

 


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